スピリチュアルババア

しばらく会ってなかった叔母からの電話
先日、東北に住んでる叔母から電話がかかってきたんや。お互い遠く離れて暮らしてるもんやから、もう3年くらい会ってへんくて連絡もしてへんかったんやけど、その叔母から電話なんて珍しいもんやから、「何やろ?もしかして、親戚の誰か死んだん?」とか思って電話に出たんや。叔母 「もしもし。あんた元気にしてるん?」私  「ぼちぼち元気やけど、どう
失恋してもええじゃない
自分が好きになった人に対しては、当然、その人に自分のことを受け入れてもらいたいと誰もが思うわな。そんで、そのために食事に誘ったり、プレゼントを渡したり、いろいろ努力して自分をアピールしたりするやろ。せやけど、自分にできることを全力でやったにもかかわらず、相手に自分を受け入れてもらうことができへんのやったら、
誰もが映画の中の世の中を生きてんねん
映画の中の主人公、脇役も含めて、その映画に出てる人はみんな、その世界の中こそが現実やと信じて生きてんねん。まさか、その現実が映画の中の世界だとは思ってへんし、ましてや、自分たちのその人生をテレビの向こうで見てる人がおるなんて、そんなこと考えたこともないやろうし、もし、そんなことを言われたとしても、「はぁ?何
復讐は神様に任せればええねん
自分を傷つけた相手、自分を騙した相手、自分をバカにした相手、そういう相手に復讐してやりたい思う気持ちはよう分かるで。「やられたら、やり返す!」それは別に悪いことでもないし、半
スピババさんのつぶやき その29
連休やからいうても無理して出かけることないで。1日中テレビ見ながらゴロゴロしてても、昼から酒飲んでボーッとしてても、そこに「心地ええ時間」が流れてるんやったらええねん。そういう時間が自分にとって必要なときもあんねん。無理やり出かけてグッタリ疲れて帰ってくるより全然マシやで。今の時代は
2019年 明けましておめでとう!
2019年明けましておめでとうやで~!今年も嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、腹立つこと、いろんなことがいっぱい起こる思うけ
私らは愛でできている存在いうことを忘れたらアカン!
天に向かって唾を吐けば、その唾はそのまま自分の顔に落ちてくんねん。つまり、「自分のやったことは自分に返ってくる」いうこっちゃ。この当たり前でシンプルで子供でも分かるような絶対的な真実!それなのに、アホなことやってる大人が多いのは何でやろな~?幸せになりたいんやったら、幸せになれることをせにゃいかん。
大人の引きこもりについて思うこと
「引きこもり」の問題は前からあったけど、最近は「大人の引きこもり」の問題も深刻なそうやな。若いうちは親に面倒見てもらえたとしても、自分が歳を取れば、同じように親も歳を取って、気付いたら、年金暮らしの親の金で面倒見てもらうことになって、普通に考えたら子供より親の方が先に死んでくわけやから、「親が死んだらどないすんの?」っちゅう話やで
どうすることもできへんことは手放して楽になったらええねん
自分の力ではどうすることもできへんことなのに、それを何とかしようとあがいたところで疲れるだけやで。例えば、川の流れをなんとか逆にしようとして、川の中に入って両手を前に出して気合いを入れ、「川の流れよ逆になーれ!ハッ!ハッ!」とか、そんなことやったところで何も変わらん(笑)自分が「こうしたい」とか、「こうなっ
変化を受け入れることができへん人は腐るで
この世界に変わらへんモノは何1つないねん。人間も他の動植物たちも全ては少しずつ変わっていくねん。いつまでもずっと同じ状態のまま生きてる命はありえへん。まず、私らは「必ず変わっていく」いうことを受け入れることが重要や。例えば、鶏の卵はいつまでも卵のままではいられへん。いつかは卵の殻を破ってヒヨコになって、いつかは頭にトサカが生えてき
人生なんてあっという間やで~
今までの自分の人生を振り返ってみると、「あっという間やったな~」て思わへん?せやねん。人生なんてもんはあっという間やねん。人生の時間は光のようなスピードであっという間に過ぎてくねん。たまにはボーッとする時間も必要やけども、基本的にはその日1日を全力で生きることや。その繰り返しが人生っちゅうもんになっていくん
自分の将来,世の中の未来,どうなるか?
自分の将来の心配や不安ばかりずっと考えてたら気が滅入ってまうで。最悪の場合、心が病んで精神的におかしくなってまうこともあるで。自分の将来が心配で不安になってまう気持ちはよう分かるけども、どんなに未来のことを毎日ずっと考えてたところで、「たぶん、未来はこうなるんちゃうかな?」て、それくらいの想像レベルでの答えしか出すことはできへん。
逃げるのはアカンこと?
一般的に「逃げる」いうのはマイナスのイメージがあるわな。「逃げる」=「ダサい」「逃げる」=「弱い」「逃げる」=「根性がない」「逃げる」=「恥ずかしい」「逃げる」=「自分に負ける」そんな感じで「逃げること」はあんまり良しとはされへんから、「逃げずに頑張ること」だったり、「逃げずに立ち向
スピリチュアルに生きてたら見えてくるもの
どんな悪夢でも、どんな素晴らしい夢でも、目が覚めてしまえばシャボン玉のようにパチン!て消えてまうねん。その夢がどんな夢だったとしても、目が覚めてしまえば実際には何も起きてへんかったことに気付くねん。しばらくはその夢の余韻が残ってるとしても、そのうち忘れて「あれ?何やったっけ?」て思うねん。
恥ずかしさに負けたらアカン!
人生でやりたいと思ってるんやけども、いろんな理由からできへんこともあるわな。「やりたいんやけど、力が足りへん」「やりたいんやけど、金が無い」「やりたいんやけど、タイミングが合わへん」「やりたいんやけど、まだ自信がない」「やりたいんやけど、協力してくれる人がおらん」「やりたいんやけど、大きなリスクがある」&l
諦めたらそこで試合終了やで
「どうせ、自分の実力はこんなもんや・・・」そうやって自分自身で限界を設定してもうたら、もうそこから上に行くことはできへんようになってまうで。ホンマにそこが自分の限界なのか?ホンマはもう少し上に行けるだけの力があるのか?それを知るためには自分で勝手に限界を作らへんことや。やれるとこまで
人間はどんなことにも慣れてまうねん
人間はどんな喜びでも、どんな悲しみでも、それがある程度継続すれば徐々に慣れてまうねん。最初は悲しみのどん底やと感じていたとしても、それがある程度継続すればそれに慣れてしまって、その悲しみが普通に感じてまうねん。そんで、そんな生活に慣れてしまえば、それが日常になってそこから抜け出そうとする気も薄れてまうねん。
スピババさんのつぶやき その28
「自分」と「その自分を自分だと思ってる自分」て、たぶんちゃうで。何ていうか、自分を別の場所から見てるもう1人の自分がいてんねん。例えば、自分が腹立ってめっちゃ怒ってる時、ちょっと別の場所で「あー、今自分めっちゃ怒ってるわ~」て、怒ってる自分を何か冷静に見てるもう1人の自分がいる感覚てない?ん?ない?そうか、そんならしゃーないわ(笑)
スピババさんのつぶやき その27
登山いうのは自分の足で汗かきながらがんばって登るからええねん。車で楽に頂上までスイスイ登っても何の感動もないで。そんで、それは人生も同じや。人生も泣いたり、苦しんだりしながら生きるからええねん。生まれてから死ぬまで何の苦労も知らずに生きててみい。ぶっちゃけ、何の感動も、達成感もないで。「私の人生って一体何やったんやろ?」思うで。ホンマに。
死を必要以上に恐れなくてもええねん
毎年、何人かの有名人が亡くなってるわけやけど、今年は特に私が好きな有名人が多く亡くなってる気がするわ。星野仙一、有賀さつき、西城秀樹、栗城史多(登山家)、桂歌丸、津川雅彦、さくらももこ、樹木希林、山本“KID”徳郁(格闘家)など、みんな私が好きな人たちやったから亡くなってもうて残念やわ。私らはみんな「いつかは死ぬ」いうことを知って
衝動買いはアカン!
無駄遣いをなくしたいんやったら、衝動買いをせえへんっちゅうことや。「あっ、これええな~。買おかな?」思っても、とりあえず、その時は買わずに家に帰ることや。そんで、家に帰ってもやっぱりまだ欲しい思うんやったら、もう1回足を運んで買いに行けばええねんけど、ほとんどの場合は家に帰ったら「ま、ええわ」思うで。&lt